犯罪を未然に防ぐ「予知防犯学」を世に広める

パンデミックと予知防犯−X
〜企業・家庭も具体的な行動計画策定を〜

NPO 法人 日本防犯学校
理事長  阪本一央

 前号に続き、新型インフルエンザ対策について言及する。 90 年前のスペインインフルエンザ(弱毒型ウイルス)に罹患して発症した様子が描かれた記録によると、患者は 咳き込んで吐血し、耳から血を流し、物凄い咳のせいで腹筋があばらの軟骨から剥がれ、殆どの人が苦悶のあまり七転八倒して意識がもうろうとなって意思疎通が出来ない状況だったらしい。かろうじてその痛みを訴えた患者の話によると、目の後ろの頭蓋骨に楔(くさび)を打ち込まれたような頭痛と、全身の骨が砕けたかと思うほどの激烈な身体の痛みだったとある。

  問題は、間もなく出現する H5N1 型新型インフルエンザウイルスがどの程度の強烈な症状を伴うかである。今回のウイルスは強毒型ウイルスで弱毒型(呼吸器系、消化器系のみの感染)と異なりウイルスが血液中に入り全身の臓器に広がる。すると、免疫系が過剰に反応する「サイトカインストーム」により重症肺炎や多臓器不全を起こして死に至る。脳炎や心筋炎、妊婦では胎盤・胎児感染まで起こる。そんな感染が起きて発症した場合、上記の弱毒型の症状以上のものが予想される。こうなると自宅療養では治療が困難でウイルス感染防御用設備の整った「感染症指定病院」で治療を受けるしか助かる道はない。この「感染症指定病院」は全国に 344 カ所存在するが、病床数はわずか 1,692 床(うち感染拡大を防ぐ陰圧病床は 91 床)しかない。前号の 「1日あたりの入院者数がピーク時に最大約10万人」に達した場合、到底、足りるはずがない。

  厚生労働省では、 2005 年 12 月に「新型インフルエンザ対策行動計画」を発表し、その計画をベースに各都道府県レベルでも行動計画が策定されている。しかし、どれも厚生労働省の資料をコピーしたレベルに過ぎず地域性などが反映された具体的なものになっていないのが実情であるが、自分が住んでいる都道府県の行動計画はまず目を通しておきたい。有効な対策は防犯対策と同じで「自己防衛」しかない。

  一方、日本の医師数は 経済協力開発機構( OECD )加盟 30 カ国中、 27 位と不足していることはよく話題になるが、日本では年間に約 100 万人が死亡し、昨年はそのうち 15 万人が変死として発見されたにも関わらず、死因特定のために解剖された検体は僅か9%(13,500検体)に過ぎなかった。これでは犯罪の見逃しを起こしてしまうのも無理はない。犯罪性がないと初期に判断された変死体の 90 %以上が医学的根拠のないまま心不全のような死因にされている現実がある。つまり、医師の人員不足が原因で犯罪が表面化されないケースが多く存在する可能性がある。

  以前問題にしたように、「墓地、埋葬等に関する法律」(法律第 48 号)において、パンデミックが発生した場合には、感染防止の観点から特例が認められ、 24 時間以内の埋火葬が認められるとともに、病原体に汚染され、またはその疑いがある遺体は原則として火葬することとされている。死亡者数が膨大になり火葬場の火葬能力(通常、1日に 100 体/1カ所)を超える事態が起こり、都内でもスポーツ施設等が一時遺体安置場所に指定されたり、代々木公園などに大きな穴を掘って埋葬する計画もある。

  さて、上記の現状と昨今の凶悪犯罪の横行、親兄弟でも平気で殺害するという犯罪事情から、もし、この世の中でパンデミックが起きて街中に感染者が溢れ死者が多数出たとしたらどうなるだろうか…

  プレパンデミックワクチンを最優先で接種された警察官や救急隊、医療関係者であっても、人類の誰もが免疫を持っていない新型インフルエンザウイルスに対して無傷で対抗できるわけがない。第一線で活躍する警察官も感染して治安維持が次第に困難になる。その一方で、パンデミックに関する予備知識がなく、食糧や日用品の備蓄を行っていない国民がパニックを起こしてスーパーや薬局へ流れ込み、感染を拡大する原因を作ったり、一部の人間が暴徒化して商店やコンビニなどを襲撃して金品を奪ったりする事件が多数発生するだろう。極端な話、傷害を与えず毒殺された場合、新型インフルエンザで亡くなった人と区別はつかず、混乱に紛れて検死もされないまま葬られるということだってありうる。

  わが国の治安維持には警察力が欠かせない重要な存在であり、もしこの警察力が無ければ犯罪し放題となり、警備会社に入っている家であっても警報が鳴っても誰も来ないという状況が生まれる。強盗・強姦…といった凶悪犯罪を起こし殺人に至ったとしても、混乱の中では取り締まることもできない。それでなくても検死する要員が不足している中、新型インフルエンザによる死者に紛れて 24 時間以内に埋葬することも可能となり、前述の法律が犯罪の隠れ蓑となることも考えられる。

  パンデミックに関してのガイドラインは、主に感染防止、医療、公衆衛生の問題しか論じられていないが、今後は予知防犯の見地からパンデミックが起こった際の二次災害を想定した防犯対策、心構え、意識を国民に教育することも重要なことであると考える(次号に続く) 。

(セキュリティ研究2008年5月号 平成 20 年3月6日寄稿)


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